2012年08月26日

旧々綱島街道の話 第5回 菊名-綱島間

Sorry, this content is japanese only.
This article is about the talk of following the "Kyu-Kaido"(old highway,Via)
of the Edo period in Yokohama.


菊名駅前の旧綱島街道です。
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しばらくは旧綱島街道をそのまま辿ります。
ここから綱島までは、鎌倉街道下の道をそのまま辿ったルートで
歴散加藤塾さんの鎌倉古道 四のU菊名駅から綱島駅まで
http://homepage2.nifty.com/katohjuk/simo4-2.htm
に詳しい解説があります。
歴史的農業環境閲覧システムの明治初期の地図も掲載されていますので
わかりやすいと思います。

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50mほどで現綱島街道との交差点で
向かいのパチンコ屋の左の道が旧綱島街道です。

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100mほど先に菊名神社があります。
歴史的にはそんなに古くはないのですが、このあたりの
神社を集めて創建された神社ですので、9月の例大祭のときには大いに賑わいます。

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閑静な住宅地ですが、この街道の左側は昔は全て田んぼでした。
右側には山があって、裾沿いには今も大きな農家が何軒も残っており
当時は大豆戸村の中心地でした。

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お味噌で有名な小泉麹屋。
富士食品の前というか中に、旧吉田家長屋門が去年まで建っていたのですが
震災で被災し修復が困難ということで撤去されました。

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環状2号線を突っ切ります。

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徐々に左に曲がっていきます。
真っすぐの道がまるで旧道のようですが、これは結構新しい道。
曲がっていくと現道の綱島街道に出ます。

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セブンイレブンがある交差点を右折します。
この道を直進すると大倉山駅や市営地下鉄ブルーラインの新羽駅、
第三京浜の港北インターを通って鴨居の先の佐江戸で中原街道につながっており
途中からは緑産業道路と呼ばれて、横浜環状3号線の延長部分になっています。

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綱島街道を100mほど登り右の山の方向に曲がります。
曲がり口に小さな妙義神社があります。
真ん中の急坂を登ります。

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山の尾根まで坂道を上ります。
新横浜のプリンスホテルから、みなとみらいのランドマークタワーまで一望出来る
景色の良い高台です。
かつては道の右手に東横学園-元の大倉山女学校-がありましたが
今は大規模なマンションを建築中です。

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尾根道に入り北に向かいます。
この尾根道は、南の浦島あたりから菊名経由で続く鎌倉街道上の道なのではないかと想像しています。

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50mほど行くと民家の前で行き止まりになりますが、街道はそのまま尾根に沿って
北上していったようです。
現在はこの先は東の師岡熊野神社に向かう掘り割りの道路が出来て山は分断されています。

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現道の綱島街道から見るとこんな感じで、マンションや民家が建ったりして予測はしづらいのですが
掘り割りの上を通ってマンションの建物を突っ切って、左にわずかに残った小山の上を通っていたと考えられます。
(ちなみにこの小山の真下を新幹線が走っていて、マンションはトンネルの南側に沿うように建っています)

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そのまま茶色いマンションの1階の天井を通って、その向こうの民家の敷地に着地します。

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綱島街道際の一列の民家の敷地を堺に山側に古い石垣がありますのでこの袂が街道だったと思われ
徐々に現道の綱島街道に合流し下っていきます。

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下った先は大曽根第二公園(ちの池公園)で、街道は元の池の端を辿るように左に少し折れて
すぐに北東に直角に曲がります。

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大曽根の信号あたりまで右の道祖神や駐車場のある空き地を進み、北に転進します。

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転進した延長線上に旧道が通っています。

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この道路は大正9年に県道神奈川溝ノ口線として整備された当時の道路で
綱島温泉ラジウム源泉地の温泉街として温泉旅館が何件か建ってにぎわっていました。
旧道の入り口に樽町郵便局があります。
樽町郵便局の50mほど先の横断歩道のところで左手の路地に入ります。

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路地を抜けると大曽根商店街通りに出ます。

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この通りは大倉山駅の方向から綱島までを結ぶ道で、田んぼの真ん中でしたので
何も無く、大正時代も東横線がこの道に沿って走っていましたが
線路が西よりに移設され敷地も広がったことからおそらく戦後商店街になって、
今は大変にぎやかです。

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商店街を北に進むと、先ほどの旧神奈川溝ノ口線と合流します。

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そのまままっすぐ行くと現道の綱島街道とぶつかりますが、直進します。

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大正時代まではまだ土手も無く今の川の流れあたりまでは普通に道がありました。
その先に旧大綱橋があって、ここで鶴見川を渡ります。
現在の大綱橋の下流70〜80mほどのところです。

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土手の階段を降りると北側には北に向かう路地が残っています。

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50mほどで四つ辻になりますが、街道は左斜めに折れていました。
今は東西の交通がメインですが、左の角には曲線状の余地が残っていて、往時の道筋を思い起こさせます。

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そのまままっすぐ信号まで進むと、現道の綱島街道です。
現道は北北東に進んでゆきますが、旧綱島街道-神奈川溝ノ口線は
綱島台・日吉台を避けるように西北西に向かっていきます。
現在はこの綱島交差点を終点とした神奈川県道106号子母口綱島線に指定されています。

ここから綱島台・日吉台の東を通って加瀬、平間から多摩川のガス橋-当時の平間の渡し-を通って
下丸子・池上に抜ける平間街道-池上道-も人の往来は盛んでした。

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この交差点を横切って進むと東急東横線のガードがあり、
ガードの手前あたりで北に転進していましたが当時の道筋は全くわかりません。
ガードの北はすぐに東急東横線綱島駅です。街道は駅の南端を横切って
若干西向よりに曲がって、綱島駅西口あたりに達してしたと思われます。

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綱島駅西口

今回のルート

より大きな地図で 旧々綱島街道 菊名-綱島間 を表示
この区間も前回のルート同様、Googleのストリートビューで
ルートを辿ることができます。
もちろん道のない崖の上はは除きますが。

次回は綱島駅西口から出発します。
-第6回へつづく-
posted by 禅芝zenseava at 14:03| 道路/計画道路・新道・旧道・街道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする