2012年10月28日

旧々綱島街道の話 第6回 綱島-子母口間

Sorry, this content is japanese only.
This article is about the talk of following the "Kyu-Kaido"(old highway,Via)
of the Edo period in Yokohama.

ここからは旧綱島街道というより旧溝口街道といった感じになります。

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東急東横線綱島駅西口です。
実際この辺りはあまりに変化が大きすぎて
正確にどこを通っていたのかがわかりません。
概ねこの西口からまっすぐ伸びている道をたどっていたと思われます。

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日高屋のあたりで北に転進します。

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日吉台の東、矢上まで通ずる古い道に突き当たるので、左に折れます。
正面に東照寺があります。
1車線の狭い一方通行ですが、ここもバスのルートになっています。

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100mほどで神奈川県道106号子母口綱島線に戻ります。

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通称”本通り”と呼ばれているようで、綱島本通郵便局があります。

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綱島台11で現道が若干北よりに曲がろうとするのを振り切って直進し、
セブンイレブン綱島西店の前あたりで北北西に転進、子母口綱島線を横切って
右の路地に入ります。

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右手に古い大きな農家を観ながら路地を進むと車道に出ます。

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すぐに交差点がありますが、この角に来迎寺があります。
鎌倉古道はここを右折して飯田家住宅/綱島郵便局を経て日吉に至っています。
まっすぐ進みます。

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吉田口の辺りで東西を結ぶ通りにぶつかります。
T字交差点になっていますが、このまま道路を横切ります。
カーブを描きながら西よりに進みます。
ここは航空写真を見ると駐車場と隣の敷地の境界が
カーブを描いているのがわかると思います。
駐車場の奥のカーブを延長すると元の通りの東側につながり
手前側数台分の敷地が隣の建物の敷地に移設されたことが想像されますので
おそらく駐車場の端を街道が通っていたのではと推測できます。

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そのまま住宅地の中を北西に進みます。

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パイオニアの看板のあたりで子母口綱島線を斜めに横切り
そのあと早渕川と、今は緑道になって埋め立てられた支流に沿って北西に進みます。
だだこの先ほとんど痕跡が見つかりません。

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しばらく支流の流れに沿って若干蛇行しながら
子母口綱島線の西側を辿ります。

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横浜高田郵便局の角を右に曲がります。

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県道102号荏田綱島線を横断し、一旦荏田綱島線の旧道を数メートル辿って
すぐに北に戻ります。

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ここからは丘陵地に入ります。徒歩だと結構辛い坂道です。
途中に祠もあります。

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高田東三丁目7の電柱のあたりで若干右に折れて、またすぐに戻ります。
おそらく左手に山か崖があったのでしょう。
そのまま道なりに進みます。

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丘陵の上の平坦な部分になって、高田東小学校交差点の先で
右斜めに折れ、住宅地の中を通っていきます。

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住宅地の中の路地に出るので、そのまま北に向かいます。

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交差点に出るまえにお地蔵様がありました。
交差点を北東方向の道に進みます。

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道幅が狭くなる、タバコの看板のある店の前で左に折れます。

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路地を進み、右から少し広い車道が合流するのでその道を進みます。
合流するあたりから下りになります。

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下りきると子母口綱島線と合流します。
子母口綱島線はこの部分だけクランク状に北上しています。
そしてポッカリと畑が残っています。
角の空き地に計画道路事業予定地の看板がありました。
おそらく先日投稿した未開通の宮内新横浜線のことだと思います。

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バスやダンプも通る幹線なわりに凄く狭いです。
下田寿司の看板の少し先で左に曲がります。
左手はマンションの敷地に沿って一段高くなっています。

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段差に沿ってマンションの敷地を抜け、山から降りてきた細い道に合流し
20m先で再び子母口綱島線に戻りそのまま下田町交差点に出ます。
(この細い道の交差点際には古そうな寿司屋と天ぷら屋がありました)

このマンションから下田交差点の間の土地は、
昔の地図だと空き地というか、道路の一部っぽくて
どうもここにある下田町バス停の転回場所だったように思えます。

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400mほどそのまま子母口綱島線を北上します。
石材屋さんの向かいに、緑の茂った場所がありますが、
そこを左に避けて通ります。
この緑の部分まで右から山が迫っていたようです。

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横浜市と川崎市の市境の道路を越えると
バスのロータリーに出て、周りが急に開けてきます。
このあたりから蟹ヶ谷です。
ここには戦前から旧日本海軍の通信施設があり、
地下壕や通信アンテナの鉄塔が最近まで残っていました。
戦後米軍に接収され、後に市営四方嶺住宅や公務員宿舎がありましたが
今は市営蟹ヶ谷槍ヶ崎住宅の立派な建物がたくさん建ち始めています。

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このバスのロータリーを若干横切るように徐々に子母口綱島線から右にそれて
ロータリー先の蟹ヶ谷交差点から右斜めに進む道に鞍替えします。

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まっすぐいくと市営蟹ヶ谷槍ヶ崎住宅1号棟にぶつかりますが直進して
1号棟の北に残っている元の道に進みます。

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1号棟の敷地の先で車では通れないほどの山道のようになり徐々に下って行きます。
おそらくここは当時の道の状態を、ほぼそのまま残しているであろう箇所で
左右を林に囲まれて、木々の間から遠くの里の景色が見え隠れする風景は
当時の街道の風情を楽しめます。

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山の中を抜けるとその先は幼稚園の裏口への通路に使われていて
一般の方は通ることはできませんが、道は薮に沿って進んでいます。
幼稚園の先は二軒分宅地になっていますがその先にまた細い路地が現れます。

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この右手(写真だと左手)の薮は蟹ヶ谷槍ヶ崎住宅から途切れること無く続いていて
このすぐ東を刻む谷戸への崖になっているため宅地としては使われていないようです。
若干古そうな怪しい石段を乗り越えて砂利道を歩くと車道に出ます。

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車道は鷹巣橋バス停で再び子母口綱島線に合流します。
鷹巣橋バス停の先で道は直角に曲がってその先、鷹巣橋で矢上川を渡ります。

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橋を過ぎると道路脇に空き地が増えてきますが、
これが先に紹介した宮内新横浜線の道路用地です。

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子母口プラザハイムの先で子母口綱島線は右にカーブしていきますが
旧道はまっすぐです。

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住宅地の中を通って行くとT字路にぶつかります。
元々は直進して尻手黒川道路の向こう側の道につながっていました。
左は水路でしたので、T字路の向きが90度変わったということになります。
右に曲がります。
その先には尻手黒川道路が走っていますが
無視して路地の進むまま直進します。

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その先、ローソンストア100と歩道橋の間の三角地につながります。

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歩道橋の下は子母口住宅入口交差点。
街道はここを山裾に沿うように北に左折していきます。

今回のルート

より大きな地図で 旧々綱島街道 綱島-子母口 を表示

この区間も建物の中と私道以外、Googleのストリートビューで
ルートを辿ることができます。

次回は子母口住宅入口交差点から出発します。
-第7回へつづく-

綱島〜2012/2/16撮影
高田〜2012/2/28撮影
posted by 禅芝zenseava at 14:00| 道路/計画道路・新道・旧道・街道 | 更新情報をチェックする